木
07
7月
2011
「日々変化する考え方、日々変わる常識③」
ミモレ農園 トマト
[日本大震災・原発被害・復旧復興という中で正しく生きる]
時間が立つのは早いものです。3・11の、地震と津波と原発による、東日本大震災の日から4か月になりました。
まだ、避難生活を送っておられる人たちがおられるという現実の中で・・・震災直後に、頭を埋め尽くした言いようのない気持ちは、今も消えることはありませんが・・・、この思いを持ちながら生活していますと、考え方が少しずつ変わって行っている自分を感じています。
何故か、最近、私の人生の中で・・・、忘れていた事を思い出します。被災された方の事を考えれば考えるほど、過去に、同じような気持ちになった時の事を思い出す事があります。
その一例を書いてみます。この内容は、私の人生で起きた、最大の試練だったように思います。時が薬といいますが・・・、今は、過去に起きた事に感謝でき、どんな経験も無駄はないという事が分かるような年になっておりますが・・・。
それは、今から、37年も前のことです・・・。当時34才だった前夫が肺がんで亡くなった時のことを・・・。次男が生まれて次の日のことでした。私の産後の体のこともあり、知らされないまま・・・、葬儀は進み、当時、4才だった長男が私の代わりを務めたという・・・。小さな子供が、位牌を持ち、最前列を進む姿は・・・、言葉で言い表すことは出来なかったという・・・。前夫は自分の体調の変化を知り、岡大の病院で検査をしていました。歯科医だった亡夫は医師の書かれたカルテの病名を読んでしまい・・・、癌であることを知ったようでした・・・。今から思えば信じがたい事ですが、家族には知らせないで自分だけが知るということに、なってしまいました。後から知ったことですが・・・、その時の医師の診断は余命2~3ヶ月だったと言います。
当時、29才で、次男を身ごもっていた私に、知らせるなど、出来なかったのだろうと思います。
開業して7年目のことでした。病気でありながら仕事は続けて、入院3日で他界しました。
患者さんへの後始末は、義弟が歯科医だったので、なんとか責任は果たすことが出来ました。
残された2人の子供を成人させるという、大きな責任を負う事になった私の心理状態は、どんなだったか・・・、悲しみが追いかぶさり・・・、9月という暑いときでしたが、私には寒かった事を覚えています。春になり、桜が咲いたとき・・・、やっと、温度感が帰ってきたことを思い出しました。
私は27才のとき腎盂腎炎で絶対安静で3か月間入院をしました。今のように、透析の技術は進んでいませんでしたので・・・。医師から後10年の命と言われていました。
そんな事情の中で、子供が成長するのを見届けられないと信じていました。長男に対し、せめて兄弟だけでも残してあげたいと思って第2子の出産を考えた私でしたので・・・、予期せぬ出来事を目の当たりにして・・・、言いようもなく、先の見えない重苦しい世界だった事を思い出します。生きる力や生活能力など持ち合わせていなかった私でしたので特に困りました。
子供たちのために成長するまで生きている事が、私の必至の願いでした。心臓が止まらないこと、ただそのことを願い続けたことを思いだします。子供たちの教育は、私が亡くなっても、他人から好かれる子になることを願っていました。そして、「分からないときは尋ねる・ごめんなさい。ありがとうが言える事。」
このことだけは身に着けて欲しいと願いながら、育てていた事も思い出しました。私達親子3人は亡夫が長男だったので、死後も、嫁ぎ先に残ることになりました。そして・・・、他界されて3か月が過ぎたころ、子供を育てるために・・・、働かなければいけないという事を考えるようになり・・・、自宅で出来る内職でも始めようと思い、県の機関に行ったときの事を、今、思い出しました。たまたま、そこにおられた男性が、私の事情を聞かれていて、紳士服の直しの内職を教えて下さり、紹介して下さいました。言われるままに、お店に行きました。事情を聴き、経験のない私に、大切な商品を預けて下さったのは、今から思うと、同情以外のなにものでもなかったように思えます。少しだけ、洋裁が出来たおかげで、家庭で出来るお仕事が見つかり、ありがたく思いました。
ミモレ農園 白い坊ちゃんかぼちゃ
そして、数年後、人の勧めで、小物と化粧品のお店を開きました。私が早く死ぬという事は、私の脳裏から離れることはありませんでした。36才の時・・・、私の死後も子供達の親として生きてもらえることを条件に、現在の夫と再婚しました。人生とは・・・、そんなに予定通りにはならないものだと思いますが・・・、私の場合も、死ぬと言われていた年の38才のときに、長女を出産しました。そして、今、私は67才になろうとしています。とても、元気に、日々を送らせていただいていることを感謝しています。
こつこつ・・・、1日1日を・・・、生きておれば・・・、何とか・・・、生きるという道は開けていくものだという・・・、生きるコツのようなものも、分かりつつあります。主人が東洋医学を、長男が西洋医学に関係しているのに・・・、40才以降に出会った、数々の病気というアクシデントは、今の医学では、どうにも出来ないような内容のものばかりでした。
人の勧めで、ひのきの葉の研究を始めたのは昭和60年からでした。微細領域を含む、総合科学の界に行きあたり今日に至り・・・。生きていたいから・・・、ただその思いで、私は研究し、開発してきました。世の中に出て、生きるようになったのは、50才頃からのことです。
氣代謝生理学を基本とした、予防医学協会と生涯学習の学院を設立してからは、会員の皆様のためにと・・・、感謝を忘れず生きてきたつもりですが・・・、世間を知らない私は、異端児で、多くの方々にご迷惑をおかけした事も思い出されます。ただ、どんな時も、明日があると信じて生きてきましたが・・・、最近、今の、苦しい日本の現状と、過去の私の思いが重なり合うのですが・・・、乗り越えて生きたから、こそ、言えることは・・・、時が導き・・・、必ず・・・、新たな、未来が開けるということのように思います。
子供を育てるという役割は終わりましたが、この日本の、復旧・復興にかける思いは、この子が成長するまでと思って生きた、子育て時代と重なるような気持ちがしてきて、私に何が出来るかわかりませんが・・・、ここまで生かされた事に感謝して、何かお役に立てるようにと、この思いを持ち続けて生きて行きたいと考える今日この頃です。
「犬も歩けば棒に当たる」という諺がありますが、じっと、していたのでは何も始まらないように思い・・・、今からも体の続く限り・・・、積極的な生き方をしたいものです。
神様が、私のこうした願いを聞いて下さったのでしょうか? 先月号にも書かせていただきました、BMD氣代謝エステのニューバージョンが私を若返らせてくれています。加圧カプセルとBMDシステムとが作り出す、氣代謝エステの世界です。急遽、各学院(東京・大阪・岡山・広島)のBMDの氣代謝サロンも、新しい指導方法に致しました。体験者からは、多くのよろこびの反響が出ています。
「生涯の健康と幸福を守る知恵の超循環」「自主自立豊かな心で一生を」という事を、微細な科学を含む、総合科学の世界から提供したいと研究してきた世界は、夢ではなかったと思えるようになり、ただ生きておりたい、子供たちのために・・・と、健康を求め続けた私の些細な研究がこんな形になるとは予想もしていませんでした。いつの日か心から、幸せを感じれる時が、訪れそうです・・・。
羅針盤 2011年7月記
◎夜が明けるように、新しい時代は地球を包み、私達、住空間の中に浸透してきているようです。新しい時代の到来は、新しい文明が生まれる事を意味しているという事も分かってきました。こうした時代の変化について、先人達はいろいろな資料を残しています。新しい時代は、私達にとって、新しいのであって、日本に四季があるように、歴史の流れにも、同じようなサイクルが存在しているようです。このサイクルは、太陽によって季節が生まれているように、…天体の星のエネルギーと地球の地軸との関係から生まれる現象らしい……。
そのサイクルは定かではないが、約3千年とか1万年という悠久な時間と関係しているらしい……。
◎2011年3月11日、地球の自転時間が変化するような、大きな地震と津波が日本をおそった。1000年前にも起きている。今回は、人類が開発した原発が大きな被害を受け、原子力への信頼は崩れました。
人災とまで言われて来ている原発被害。日本社会は、多くの課題を抱え、復旧・復興という、目的を忘れないで生きる事が生活の基本姿勢となりました。少なくとも…、被災地の人々の心に残った多くの、爪痕は永久に消えることはないとおもいますが、この現実を、同じ国民として、共有している人々の中に…、新しい時代の、新しい思考が目覚めてきているような、気がしています。日本には「人と自然にやさしい」という基本法があります。やっと、浸透して来ているような気がしています。
今は苦しいけど…、日本は良い方向に生まれ変わっている事を信じて…、生きて行きたくなります。新しい時代のエネルギーに守られながら…。一部の人たちの繁栄のために作られてきた、今までの社会とは違う方向に向かって…。先人達は、この多くの問題の解決方法は残してはいないのです。
今、この地球に生を受けた者達が、現実を理解して、力を合わし、未来に続く地球にするためにも、その地球に存在する万物が安心して生きることが出来る環境を作るためにも…、今、個々が目覚めて、力と知恵を合わせて、身近な、手の届くところから改善して行くしかない気がしています。
今月の歌
「平等に・昨年の暑さ・甦る
震災の大きさ・気にもしないで」
*注釈…また、今年も暑い夏になりました。自然は、平等に降り注ぐ。
そんな中 で、人は、やさしさと知恵 で、乗り越えたい。










