今月の伝えたいこと

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時は動き始め、人々は変わろうとしている。

ー体内を見つめながら・・・自覚できる世界ー

 

 

今年になって、微細な世界の科学技術によって明らかにされていた、事実を国民レベルに、公表する動きになります。
 

普通列車から特急になったようにも感じています。将来において新幹線の速さになることも予測できます。

明治維新の時のように、この変化に、世の中の構造も変わると考える事ができますが、明治維新と違うのは、世の中のすべての学問の定義が変わってくるという事があり、その中で、体の健康を維持する常識も、体内の営みが解明された事で、電気信号・微細な世界の働きが基本であったことが明らかになりました。
 

私は、私の体を通じて、この時代の変化に沿った健康管理の方法を研究しています。その結果、ミトコンドリアと腸内フローラの管理と「プラス・マイナス・ゼロ健康法」に重きを置いた研究を続けています。今年で73歳になる私の体は加齢で生じる負荷要素とは違う、むしろ逆の現象も現れてきています。
 

木々が千年の年月を生き抜くように、何かが、衰えずに、元気を維持しているようです。この結果は、徐々にお知らせ出来ると考えております。

 

その前に、こうした研究に到達できたのも、今こそ認められ、科学研究の中心になりましたが微細領域を含む総合科学の世界であり、特に、電気信号の物理の世界について、今回再認識して頂きたく過去の記事を載せさせていただきます。3年前、この世界が世の中をリードすると思い掲載。今は、営みの基礎として認識されています。
 

再度、読んでいただき、健康管理の方法に起きている変化に気づいてください。
 


◎2014年5月10日情報通信
 

題「BMD・氣代謝生理学・予防医学が出来た経緯を・・・電気信号を追い求めた私の思い出話からお伝えします」 
「体の基本は、自然の構成と同じ微細な世界だった」
 

最近、私は、平成の維新と言われるような動きが起きているように感じています。政府が行っている改革も、近い未来に当てはめると逆行しているように思える内容も、10年20年先のスパンで考えてみますと理解出来る内容が多くあります。

 

以前お知らせした教育改革草案では、一般の国民に対して、改革の内容を知らせる方法は、いろいろな情報から発信するというような内容が書かれていました。この頃テレビ番組の内容が気になるようになりました。

 

新聞にもインターネットにも情報はありますが・・・「なぜ、このような改革をする必要があるのか?」「なぜ、急ぐ必要があるのか?」「日本だけの改革なのか?世界も関係しているのか?」と言う様な事を考えて行きますとき、私はテレビの内容から理解出来ることが多いのです。
 

気をつけて見るようにするために、録画で見るオンデマンドを利用して時間がある時いつでも見られるようにしています。テレビで見て関心がわくと、ネットで詳しく調べるようにしています。浅い知識ですが役立っています。 
 

特に興味のあることは、微細科学に関する情報です。昨年からの超微細な世界の科学に関する報道の内容には驚いています。1995年に電子顕微鏡や天体を映すハッブル宇宙望遠鏡などが世にでました。その結果、今までの学問は根本から見直される事になりました。

 

日本政府は2000年に、微細科学を含む学問を認め総合科学と命名し、微細科学世界の科学技術の事をナノテクノロジーと呼ぶことにして、社会を構成する多くの分野をこの技術で作り直すと宣言し、微細科学を基本とし、世界をリード出来るような科学技術創造立国となる事を目指して、内閣府を最高機関とする総合科学技術会議を設置しました。この技術に関しての法律も作られています。
 

物を見るというこうした世界の技術は、大変な所まで来ました。日本が開発した、2012年の3月に稼働した世界で一番小さな物を見る顕微鏡、世界で初めての微細な世界を映し出す「原子の動きが見える!?究極の“顕微鏡”SACLA(サクラ)」を完成しました。その機械の名前は「サクラ」といい、兵庫県の中に作られた施設で、太陽光の1億倍のそのまた1億倍の光が作れるという。

 

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「生きた細胞が原子レベルで見える」という、このサクラが誕生した事で、体の中の営みに関する、今までの学説が根本から変わることになるのですから、大変な事です。体内の細胞の動きを生きたまま観察出来るようになりますと、どんな事が起きたかの一コマです。(注・今では常温で可能な技術も出来ています。)
 

免疫細胞を映し出してみると、今まで、病気を治してくれる細胞だと思っていたのが、病気を作り出しているという事実が分かりました。内容を簡単に書きますと慢性腎臓病・動脈硬化・骨粗しょう症・脳出血・慢性肝炎・心筋梗塞・メタボリック症候群も免疫細胞の暴走によることが分ったという。この事が明らかにされたからには、今までの説を改めなければいけない事になります。これは大変な事です。

 

自分の体の管理に関する事ですから・・・。どうしてこんなことになるかと言う事も説明がありましたが、その前に、もし、私がこの発見と違う説を作っていたら私はこれで研究を止めなければいけなくなると思いました。

 

幸いな事に、BMDの予防医学は体内の、水・電気・細胞・脂・微生物を整える方法を提唱し商品を開発してきました。ひのき葉の製品はミトコンドリアと関係が深いので、ミトコンドリアの事も調べてきました。このミトコンドリアも暴走すると体の病気の原因になることが分かっていましたので、体内で暴走させない環境作りを考えた商品開発を進めて来ました。
 

一般には細胞を基本とした健康を考える考え方はなかなか理解されない状態で今日まで来ました。こうした考えを止めるように指導された事もありました。
 

人の意見を聞かず、進む私の研究を如何わしいと言う人もおられました。 
 

病弱だった私が元気になれているのだから間違いないと信じて、私の体を実験台にして続けてきて良かったとホッとします。
 

どうして、こんなことになるのか?という説明は、私の理解の範囲ですが・・・
人間という生き物の60兆の細胞は20才位で世代交代を考えているようです。
 

言い換えれば、花が咲き実が出来て一生を終わるように、人間も20才までは免疫細胞は体を助ける側として良く働きますが20才を過ぎると問題行動が増えて来るという。でも、人間は100才超える人もいるというのに、どのような仕組みなのか気になります。その原因は、脳が発達した事によるようです。心身ともに大人になるのに時間がかかるようです。人間の脳は電気信号の塊と言っても言い過ぎではないという。 
 

言い換えれば、体はこんな脳を守るように出来ていない事になり頭と体は同じ考え方で働いていない事が想像できます。
 

以前に、頭のリンパ液と体のリンパ液の製造箇所が違うという事を知りました。
リンパ液は、頭は透明ですが体は薄い白色だという。色まで違うという事が不思議でした。頭でっかちとか、子宮で物を考えるという、言葉を聞いたことがありますが、何となく繋がるような気になっています。
 

人間の体は脳が発達した事に対して、まだ納得していないのだという事も想像できます。
 

この事実を知って以来、私は体との付き合い方を少し変えました。体の細胞と話をするようにしたり、顔や髪の毛だけに付けていた化粧品を手・足・腹部・などなど・愛おしく思いながら付けることにしました。時には、頭は要求しているけど体はどうかしら?と考える事も起きています。70才を目前にして知った新境地です。
 

パニック状態になるのは当たり前なのだとも考えられるようになり、バランスを取りながら考える事も心がけるようになりました。私の維新はこの事だけで充分だと思える程に、生活を変えるよう努めています。細胞が安定しているのか、皮膚の状態も安定しています。30代には寝ていることが多かった私ですが、最近は、以前とは違い、元気に生きられております。

 

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早いもので、BMD予防医学協会を設立して20年が過ぎました。氣代謝生理学という考え方を構築して30年が過ぎました。この氣代謝生理学は、微細な世界を含む、氣=電気信号=エネルギーの働きが基本で、体が作り出す氣=電気信号=エネルギー・体外から入る氣=電気信号=エネルギー・停滞する氣=電気信号=エネルギー・・・食べ物が体内で消化され代謝されるように、氣=電気信号=エネルギーも代謝しているという事を追い求めています。
 

*代謝=古いものと新しいものが次々と入れかわること。また、それに伴ってエネルギーが出入りすること。
*生理学=生命現象を物理的、化学的手法で研究する学問。
 

BMD予防医学の考え方も氣代謝生理学を基本としておりますので、自然と体内臓器や栄養代謝を含み、そして微細な世界である水・電気・細胞・脂・微生物の営みを整える事を基本とする事になったのです。 
 

このBMD予防医学協会設立により一般に知られていない考え方を作り出し世に出す事の大変さを身に染みるまで体験し続ける人生になるとは考えてもいませんでした。いつも、天動説が当たり前だった時代に地動説を唱えたガリレオの事を思い浮かべていました。
 

最近の心境は、サクラという顕微鏡が私の心を晴らしてくれています。私だけで考えていた時は、そんなに疑問に考える事もなく研究は進んでいましたが、BMD予防医学協会を設立してこの考え方を文章その他で発表するようになると大変な批判が来るようになりました。
 

そんな中で、BMDの会員の方々は私の研究を支えてくださいました。いつも、感謝しています。
 

BMD予防医学協会を設立した経緯は、ひのきの葉を世に出すに当たり・・・誰に勧められることなく私が考えたことでした。そして、氣代謝生理学を基本とした学院を設立、この事も、ベンチャーを支援する会社の協力で、東京・大阪・岡山・広島と4か所で同時に開講しました。
 

怖さを知らない未熟な人間のした事でした。一か所より各地にあった方が、学ぶには便利だという考え方からでした。氣代謝エステサロンも併設していた関係で、学院は中7年間お休みにしましたが、場所は変わっても、今も存続させることが出来ております。サロンのスタッフはBMDの微細科学を学ばれた人たちで支えられています。
 

BMDの商品が環境改善にもなる事から、NPO法人の設立発表を勧められ、分からないままに設立して、今年で、設立10年になります。
 

このような活動へと育てて来れましたのは、やはり、支持して頂いた多くの会員の方々の大きな支えがあったからだと感謝しております。
 

BMDのNPO活動を、簡単に言うと、自覚するしないに関わらず、商品を使う事で環境貢献をしていただいている事になるのです。そして、商品はすべてがひのきの葉の科学です。森林を守る事の大切さを言われていますが、商品を使う事で森を守る活動に参加している事にもなるのです。 
 

BMDという営利目的の会社が、NPO法人と協働で目的を達成させるという事はいろいろな面で大変でした。それで、支援を目的とするストック・クラブを作り協力して頂き今日に至っています。
 

考えてみますと皆さんで育てて頂いたこのBMDも、新しい時代に飲まれる事無く、何とか未来への芽を育てていける気がしております。こんなにも、意義ある事に関わって生きることが出来る今の生活にも感謝しております。
特にまた、元気に日々を送れ、年齢より若く見える事も・・・。この年でやっと、世の中で働くという意味が理解できるようになったような気がしております。完

 

 

 

近藤和子について

BMD(ビーエムディー) 創業者 近藤和子について

 

1944年山口県で生まれる(岡山市在住)。これまで「ひのき葉」の研究や「氣のメカニズム」の研究を行ってきた。 1985年より岡山県北部の間伐材を活用するために、自宅の台所で国産ひのき葉の研究をはじめる。その中で考案した物理的な考えである「氣代謝生理学」と いう考えを基に、ひのき葉を主原料とした化粧品や入浴液などを開発。1992年「生涯の健康と幸福を守る知恵の超循環」そし て「自主自立豊かな心で一生を」の理念のもとに㈱BMDを設立。2004年、NPO法人グリーンヘルプジャパン(GHJ)を 立ち上げ、人と自然にやさしい循環型社会を構築する活動をしている。

 

現在、(株)ビーエムディー 代表取締役社長、BMD予防医学協会 代表、NPO法人グリーンヘルプジャパン 代表理事など。