今月の伝えたいこと  情報通信 vol.197 近藤和子記

ミモレ農園 小松菜
ミモレ農園 小松菜

 

平成最後の・・・次に伝える・・・

 

 

◎お知らせ・・・東洋医学研究所天心治療院の院長で、私の夫である近藤哲二はこの3月で引退致します。多くの方々にご支持いただき、ありがとうございました。平成29年に多発生骨髄腫と脳梗塞を発病しました。今現在、多発性骨髄腫の方は薬で進行を抑えておりますが脳梗塞の後遺症で社会復帰が難しい状態です。

 

幸い、天心治療院の今後は、看護師と鍼灸師の資格があり、BMDの会員でもある女性の先生に後を引き継いでいただけることになりました。今後の方針は別の機会にお知らせいたします。

 

 

◎私の長女の、近藤徳子の最近の活動報告・・・近藤徳子記


2年前にはじめました、SDGsを基とし、新庄村民の雇用や森林保全の活動を盛り込んだ、hinokiLABのプロジェクトは、課題も多くありますが、徐々に理解者、応援者も増え、ようやく韓国への輸出、現代百貨店等での取り扱いまで進展しました。人の感性には国境がなく、製品のよさを直観で感じてくださるので、嬉しい限りです。子育てをしながら限られた時間の中で、信頼のできる恩人、友人に出会えた事も課題を乗り越えられる大きな力となっています。

 

また8年ほど作ってきた、ミモレ農園のスープは、岡山高島屋での催事デビューを果たし、2019年4月には伊勢丹新宿店本館地下での催事にも出店できることになりました。農園担当の若いスタッフも入社しましたので、元気なお野菜をより多く育て、食卓が豊になるような食品をお届けできるように、務めて参ります。今後ともどうぞよろしくお願い致します。

 

 

 

今回の情報通信は、平成最後の4月にお届けする事になります。
 

30年という月日を振り返ってみますと、いろいろな事が思いだされます。
 

岡山市北区弓之町のBMDの社屋の天心ビルのオープンは昭和64年1月7日で、昭和天皇が崩御された日でもあります。悲しみの内に平成が始まりました。そして現在に至っています。 
 

この天心ビルは、ひのきの木や葉の活用を進める事業と、当時では珍しい、東洋医学・西洋医学・予防医学を統合し、患者さんの目線で進める医療を目指した建物として作りました。
 

何故、こうした医療機関を作ろうとしたのかと言いますと、最近では総合内科、医歯藥総合研究という考え方がされて来ていますが、当時は、人間の営みを基本とした位置から診察するという考え方はありませんでした。
 

今は、体内の臓器同士がいろいろな方法で連絡し合っていることが分かってきていますが、当時は、西洋医学と東洋医学はお互い反発し合うような関係で、当事者の患者は、密かに行動をしていました。患者の意思を尊重した医療を目指したかったのです。
 

そして更に、元気に生きるための予防医学の必要性を感じ、東洋医学・西洋医学・予防医学を統合させた考え方、氣代謝生理学を構築して、BMDシステムを作り上げてきました。
 

この範囲は今では、環境・美容・予防医学・農業へと広がっています。
 

まずは、自分で自分の健康を管理することが大切であると考え、ひのき葉からお茶を作り、2年間で2万本の試供をし良い結果がでましたので、発売することになり、販売会社として株式会社ビーエムディーを設立し、ひのき葉の研究を会員の皆さんと共に進めて行くために、BMD予防医学協会を設立しました。
 

協会の理念と目的は「生涯の健康と幸福を守る知恵の超循環」「自主自立豊かな心で一生を」です。何故、超循環なのですか、循環で良いのでは、と言われることもありましたが。
 

この超という意味は微細という科学の世界が含まれております。今でこそ、微細な単位のミクロの世界が人体の営みの基本であることが分かってきましたが、今から30年も前に、微細な世界を基本にしたBMDの考え方は、ある種の宗教のような考え方だと判断する人も多かったのを思い出します。
理解しづらい理論でしたが、それでもBMDは多くの方の支持を受けながら、やっと、今日まで存続出来てきました。

 

 

岡山ひのき葉から生まれた「ひのき茶」
岡山ひのき葉から生まれた「ひのき茶」

 

そして現在、政府はITとかAIという、微細な技術を基本とした社会構築を目指し急速化して来ています。更に2019年度の小学1年生の教育内容を大きく変える事を発表しています。それに伴い、小学3年・5年・高校受験・大学受験も大きく変わります。
 

今までのように、頭に詰め込んだ知識での思考ではなく、その知識を通して、新しい思考が出来ることが求められるようです。20数年前の話ですが、私が構築した氣代謝生理学の考え方やシステムを学ぶ場として、当時では珍しかった生涯学習の学院を、東京・大阪・岡山・広島に作り、指導を続けていましたが、アメリカの9・11の同時多発テロ事件が起きる数か月前、世の中の動きと私の考え方の違いの大きさを感じ、学院の活動を休止して7年が過ぎたころ・・・同時に止めていたラジオ放送を再開するよう勧められ、少しでも情報を伝えられたらという思いで自信のないまま始めましたが・・・今も続けております。

 

そして、元号が変わる今年から、新しい時代へと変化させる動きにも、拍車がかかってきているようです。人間の自己主張が作り出した多くの負のエネルギーは、今からの時代を支える、IT・AIの社会の中で、個人の意思が目覚めれば、負の要素がだんだんと力が弱くなっていく事を願っています。

 


新時代でのBMDグループの役割
 

ひのきの葉から始まった、BMDグループ(株式会社ビーエムディー・ひのきの森byBMD・株式会社ヒノキラボ・株式会社BMD総合研究所・NPO法人グリーンヘルプジャパン)は新しい時代に向かって歩み続ける活動母体へと成長してきています。
 

始めは「体内に電気が溜まれば病気になる」という医学の学説から、溜まった電気を体外に発散させるという考え方でした。そのために、体内の水・電気・微生物・細胞(ミトコンドリア)脂を管理する方法を研究してきました。当時、「体内のミクロの世界を考える人は少なく、その上に、BMDシステムという、ひのき葉の科学から開発した商品と機械を使って目的達成させ、更に、物理・化学・生物・バイオ・自然科学を統合させるのですから、難しいという意見を良く聞きました。

 

政府は、2000年に、こうした考え方や目で見えない微細な世界も総合科学の学問として認めました。総合科学技術の進歩は、今までの学問の間違えの修正も進み、微細な電気信号の物理世界である脳の医学も急速に進んでいます。その結果、脳内の負荷要素が明らかになりつつあります。脳に余分な電気が溜まって花のような形をした脳のゴミというものの存在も分かりました。

 

こうした方向に向かう社会の中で、体内の余分な電気を体外に発散させる方法、生活空間での負荷を良くする知恵と方法を提供するBMDシステムの歩みは正しかったことを感じます。又、その範囲は、環境・美容・食育・予防医学・育児へと広がり、これらを支えるNPO法人グリーンヘルプジャパンの存在も理解されて来ています。
 

今後は、会員の方と共に、新時代の中で、微細な電気信号の技術が作るIT・AI社会の負荷要素を良くする知恵と方法のサポートが出来る企業グループへと成長する事が私の願いです。

 

 

近藤和子について

BMD(ビーエムディー) 創業者 近藤和子について

 

1944年山口県で生まれる(岡山市在住)。これまで「ひのき葉」の研究や「氣のメカニズム」の研究を行ってきた。 1985年より岡山県北部の間伐材を活用するために、自宅の台所で国産ひのき葉の研究をはじめる。その中で考案した物理的な考えである「氣代謝生理学」と いう考えを基に、ひのき葉を主原料とした化粧品や入浴液などを開発。1992年「生涯の健康と幸福を守る知恵の超循環」そし て「自主自立豊かな心で一生を」の理念のもとに㈱BMDを設立。2004年、NPO法人グリーンヘルプジャパン(GHJ)を 立ち上げ、人と自然にやさしい循環型社会を構築する活動をしている。

 

現在、(株)ビーエムディー 代表取締役社長、BMD予防医学協会 代表、NPO法人グリーンヘルプジャパン 代表理事など。