今月の伝えたいこと  情報通信 vol.199 近藤和子記

ミモレ農園 黄金かぶ
ミモレ農園 黄金かぶ

 

今までの研究…そして、進むべき方向とは・・

 

新年明けましておめでとうございます。


長い間、情報通信をお休みしておりました。
昨年5月は、元号が令和に変わり、新しい時代がはじまり、世の中の人々の気持ちにも、変化が起きて来ているように感じる1年でした。そして、何となく気ぜわしくもありました。
その間、微細な世界の科学技術はどんどん進み、加速度がついているように思います。最近は、ナノテクノロジーとバイオテクノロジーという、目で見る事が出来ない、ウィルスや電子のような極小の世界が、生活の中に深く関わっているように思います。


私は30年以上前から、体内での微細な営みの世界(水・電気・細胞・脂・ミトコンドリア・微生物・・・)という微細な世界を基本とした考え方を進め、その大切さを伝えてきました。
そして、何となく、やっと、理解して頂ける時代が来ているようにも感じています。こうした世界を提唱して来た一人として、変化が始まった時、その変化を体感したり、三次元現象の変化の確認と、新たな仕事が始まっています。
説明しがたい世界に入っています。11月14日の天皇儀式は星のエネルギーと関係していると言われています。
今回の内容は、変わりゆく時代に対し、私なりの考えている事を気の向くままに書かせていただきます。夜明けで言えば、まだ、薄暗く、ハッキリ見えている訳ではありませんが、感じるままを書かせていただきます。

 

 

新しい元号の令和は、私たちの生活をどのような方向に向かわせようとしているのでしょうか?

 

私は、今年、76才になります。昭和の戦前に生まれ、戦後、平成、と時代を生きてきました。そして、令和の時代も生きることとなった、今、思う事は、歴史という大げさな事ではありませんが、未来の夢は後輩に託して、今まで生きて来た時代を振り返る事が多くなりました。
私は、中学の時から、いろいろな研究を、クラブ活動で、又、独自の世界で、研究を続けてきました。好奇心の塊のような少女でした。小4の時、家庭科で、スカートを作った時、上着も作りたくなって、苦心の末、型紙を起こし自分のノースリーブのブラウスを作りました。その時、家庭科の先生がビックリされたのを思い出します。
小3の頃から、料理は女の仕事だと厳しく教えられて育ち、そのお陰で、料理することは好きです。今、社食作りは、私の担当です。
最近は、毎日、毎日、工夫しながら作る料理は、長年研究開発を基本に生きて来ている私の人生の延長線上に位置しているように思えて来ました。
20代の時、週一の料理教室に1年通いました。皆勤だったのが自慢だったのですが、その当時、学習した調理方法は、最近では、無駄だったり、栄養面から間違っていたりすることが明らかになって来ており、修正を加えながら、調理をしていますが、当時、夢中になって料理していた時の感覚だけは、今でも、楽しい思い出のエネルギーとなっております。
こんなことを、考えていますと、今まで正しいと思って、学習した学問の間違いも、いろいろと公表されて来ている数々の事を思い出します。
中学の頃、私は歴史の年号を覚えるのは嫌でした。もし、この年号が事実と違っていたら、私は間違った歴史を記憶することになると、何時も思っていました。その行為が正しいかどうかは別ですが、最近、歴史は修正されているようです。
四文字熟語もそうでした。あえて、難しく言わなくても、思いが伝わることが先決だと考えていました。
こんな頃の私は、小5・6年に発症した、初期の小児結核という病を克服し、科学部に入り、先輩から受け継いだ、雲の研究をしていました。雲の変化で地方の天気予報が出来る事を発表しました。

 

岡山ひのき葉から生まれた「ひのき茶」
岡山ひのき葉から生まれた「ひのき茶」

結果、天気予報は気圧配置の天気図で決まり、雲の変化ではないとされ、2年間続けた研究データーは私の改ざんであると否定されました。私はその結果を素直に受け取り、高校では、気象部に入り、ラジオ放送を聞き、気象天気図を作成する事は、大変でした。そして、私は、気象天気図から予報をすることは出来ませんでした。最近、テレビでの雲の動き見るたびに思い出す思い出です。

 

その後、真空管の中で起きる電子の変化に、神秘的な魅力を感じ、昭和36年に電話級アマチュア無線技士の資格を取りました。16才でした。無線局を自宅に開き、コールサインはJA4BMDでした。電子の世界の研究は今も続けています。


奥が深く、2000年に、総合科学という学問が認められてから、ナノテクノロジー・バイオテクノロジーという、微細な世界の解明が進み、微細な世界になればなるほど、物理の電気信号が関係している事が分かって来ており、真空管の中での電子に魅せられた60年も前の、好奇心は、衰えることなく、輝いております。


世の中に、出されている常識とは違う、世界に遭遇する事も多く、どこまでを公開すれば良いのかと、思い悩んだ時期もありましたが、平成10年頃、早すぎる情報は、国に取っては、癌となるから、国と足並みを揃えるようにと言われました。それ以来、NHKスペシャルなどで、放映される内容に合わせるように気を付けてきました。ここ最近、マスコミは微細な世界の科学を進んで公開して来ています。
令和に入りその動きは加速するような気がしています。最近、もしかすると、私が秘めている研究を公開出来る時が来るかもしれないという気がして来ています。


あるとき、国の関係者が、私の研究に関して、今、この分野の研究者はいないので、商品開発をして、結果を出してくださいと言われました。極微細な世界に関する法律の中では、再現性があれば科学と見なすとされています。
BMDの会員の方と続けて来た、科学生活の結果は、充分、再現性に繋がります。こうした世界をどうにかして伝えたく、会員制・NPOと試行錯誤してきました。
理念と目的を「生涯の健康と幸福を守る知恵の超循環」「自主自立豊かな心で一生を」研究したすべての商品を「BMDシステム」とし、環境・美容・予防医学・食育・育児等の負荷要素の改善、体内の、水・電気・細胞・脂・ミトコンドリア・微生物・腸内フローラ等を管理する自己管理システムを作ってきました。

 

健康維持の指導は、殆どが、加える世界で成り立っていますが、BMDシステムは体内の余分な電気を体外に発散させるという考え方が基本です。今までとは、逆な考え方に、いろいろな評価を頂いてきましたが、世の中に、この考え方が正しいという研究結果も出て来ています。独学で構築した、氣代謝生理学という世界の研究を今からも、会員の方と共に続けさせていただこうと思っています。
今からは、総合科学という学問の正当性が明らかになり、正しい自然の法則に従った科学技術が生活空間を満たしてくると信じています。

近藤和子について

BMD(ビーエムディー) 創業者 近藤和子について

 

1944年山口県で生まれる(岡山市在住)。これまで「ひのき葉」の研究や「氣のメカニズム」の研究を行ってきた。 1985年より岡山県北部の間伐材を活用するために、自宅の台所で国産ひのき葉の研究をはじめる。その中で考案した物理的な考えである「氣代謝生理学」と いう考えを基に、ひのき葉を主原料とした化粧品や入浴液などを開発。1992年「生涯の健康と幸福を守る知恵の超循環」そし て「自主自立豊かな心で一生を」の理念のもとに㈱BMDを設立。2004年、NPO法人グリーンヘルプジャパン(GHJ)を 立ち上げ、人と自然にやさしい循環型社会を構築する活動をしている。

 

現在、(株)ビーエムディー 代表取締役社長、BMD予防医学協会 代表、NPO法人グリーンヘルプジャパン 代表理事など。